2007年01月19日

呉の大都督・美周郎伝説。

さて今日は前回の記事で予告していた通り
病弱な周瑜について書きたいと思います〜。(^ー^)



まず、彼について簡単に説明しましょう〜。


字は公瑾。三国志の英雄。美周朗と称された。
孫権の兄・孫策とは義兄弟の誓いを立てた間柄。

赤壁の戦いでは孫権に徹底抗戦を主張して、
ついに開戦に踏み切らせた。
この戦いで見事、曹操軍に勝利する。

36歳の若さでこの世を去った。
<はてなダイアリーより>




で、36で亡くなってしまった周瑜ですが
原因は江陵を攻めた時に受けた毒矢からの病気とされています。


三國無双でもちょっと頬が痩けた感じで
病弱な雰囲気が出ていますね。

(3よりも4の方が痩せている気がするんですが
気のせいですか?(^^;))



で、正史ではその後
蜀を取りに行こうとして死んでしまう訳ですが
演義の方では、この美貌で病弱な周瑜の為に様々な
美しくぴかぴか(新しい)お倒れになるシーンが用意されている。(笑)




まず、戦場で矢傷(毒矢)を負った周瑜の元にやってきた
小さいおっさん曹仁が
美しい周瑜を『この死に損ない!』と罵ります。


それに怒った周瑜は藩璋(ハンショウ)に出馬を命じ、
その直後、





あっと一声叫び血を吐き落馬した。ぴかぴか(新しい)



…流石、美周郎。
血を吐くだけではなく落馬までやってのけるとは…。
絵になります。
(笑)



んで次に、南郡とその他の土地を孔明が奪ったと聞いて
美しく気を失う。ぴかぴか(新しい)〜(>_<)


もういっちょ、
劉備を孫夫人(孫尚香)を輿入れさせると言って
劉備を誘い出し殺そうとしたが
上手く逃げられ美しく失神。ぴかぴか(新しい)(笑)



で、その後周瑜は
劉備のため益州を攻めると見せかけて
実は荊州を攻める作戦に出たが孔明はその計略を見抜いており

その孔明から手紙が届く、


「周瑜殿、益州を取るおつもりのようだが、益州は要害。
そう簡単にはいかないと思われます。


曹操は赤壁の恨みがあるから、攻めてくるでしょう。


まことによい謀りごととは思われません。
ぜひよくご賢察ください」



この手紙を読んだ周瑜は天を仰いで




「天はこの世に周瑜を生みながら、
なぜ諸葛亮をも生んだのだ!」




と繰り返し叫びついに息絶える。ぴかぴか(新しい)




ん〜、やっぱりこの最期の言葉はきいているね。(^^;)
演義ベースで紹介しましたが
周瑜はとっても絵になる様に書かれています。



それにしても倒れ過ぎですよね。(笑)
演義ではこんなに倒れてばっかりなのかと笑えました。(コラ)




それなら三國無双でも2、3倒れるシーンがあっても
いい様なものを…。(笑)


しかし、周瑜を好きな方はこんな彼も好きなんでしょうか?
いや、こんな彼だから好きなのかな?



気になる所ですが
私はやっぱり小喬の料理のせいで
死期を早めたと思っていたり。
(爆)



正史での彼は穏やかな性格の持ち主で度量も大きかったと記されています。
勘違いなきように。(^^;)
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<参考文献>


posted by アオ at 20:28 | 大阪 ☁ | Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史ネタ
2006年10月10日

三国志〜年齢の怪〜

さてさて、今日も三国志のお話…。
(ゲームネタがないんだから仕方がない;)



今日は『年齢の怪』という事で
武将達の年齢のお話を……。
(^3^)


そう、武将達の年齢は実際
意外な年齢の人がいるものです。



無双から入った私としては
趙雲はいつだって青年だし、
陸遜だっていつまでも子供の姿だ。
(笑)



しかし、彼らだって歳を取るはずだし
年齢という概念があるべきだ!!



という訳で、まず一発目は
曹操と孫堅の年齢差!


皆さんは、何歳差だと思います??

私は孫堅の方が随分と前に亡くなっているので
孫堅の方が何歳か上だと思っておりました。
(勝手に。(笑))



しかし本当は違うようです。(^^;)



その差は一歳差!!




しかも曹操の方が一歳上!!!




う〜ん、ビックリだ。
曹操の方が一つ上なんて…。



お次ぎは貂蝉が董卓の元へ嫁いだ年齢。



意外に若いか?16歳。


16歳っていったら
現代ならまだ学生ですよね??


その若さで呂布と董卓の仲を裂くため奔走していたなんて
凄いな〜、と思います。




次に、桃園の契りを結んだときの劉備の年齢。


これもやっぱり無双のイメージがあるので
40歳くらいかと思っておりました。(馬鹿)




でも実際は28歳!



結構、若い!
…ような気がする。(^^;)



しかし、その後
孔明を軍師として迎えるのが47歳。




成都にはいるのが54歳。





…47歳のおっさんが家に3回尋ねただけで
出仕しちゃうなんて
孔明って何考えてんだ;
(爆)



そのおっさんに「まず、天下を三つに分ける」
なんて悠長な事を言った孔明がこれまた凄い。
(笑)
(アオは孔明大好きです。)




最後は水鏡先生とホウ統の年齢差。



これ、かなりビックリしました!!!(@_@;)







実は五歳差なんですよ!
(水鏡先生の方が年上ですよ。勿論。)



水鏡先生って結構若いんですね;
おじいちゃんじゃなかったんだ。(^^;)




しかも劉備より12歳若い。(笑)





一体どうなってんだよ!!( ̄Д ̄;)




じゃああれだよね、
無双で新キャラとして出る時は
イケメン教師って事だよね!!??





うわ〜、楽しみ〜〜〜ハートたち(複数ハート)ハートたち(複数ハート)ハートたち(複数ハート)
(絶対出ませんので本気にしないように)


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posted by アオ at 20:37 | 大阪 ☁ | Comment(6) | TrackBack(0) | 歴史ネタ
2006年10月09日

三国志の故事。

今日は三国志の故事について
書きたいと思います♪(^ー^)



しかし、本には故事って書いてあるんだけど
ここ数日紹介した、ことわざと変わらない気がするんですが
「故事」と「ことわざ」ってどう違うんでしょう??


馬鹿だからよく分からない、
っていうか調べてから書け!!(^^;)



さてさて、今日は乱世の姦雄
曹操から!!




『説到曹操、曹操就来』
(曹操の事を話すと、曹操がやってくる)


意味は、噂をすれば影。


この故事は日常的にも使われているそうです♪
(本当か?(^^;))
皆さんも日常語としてどうぞ。(笑)

曹操がやってきますよ。


もう一つ曹操!


『曹操殺人』
(曹操が人を殺す)


意味は、無茶苦茶にする。


これは父親を殺されて怒った曹操の
徐州攻めからきています。

(曹操軍が通った所は家畜も殺され、
多くの死体のため河が堰き止められていた(徐州大虐殺))



お次ぎに張飛。


『張飛戦馬超』
(張飛が馬超と戦う)


意味は、五分五分。
これは勝敗のつかなかった
張飛と馬超の一騎打ちからきてるんでしょうね〜。(^3^)



次はその張飛の義兄弟、関羽。


『関公面前要大刀』
(関羽の前で長刀をふるう)


意味はなんとなく分かるかな??
身の程知らず。

確かに、神様にまでなった関羽の前で
長刀なんてふるいたくない;(((;ー_ー)



しかし、そんな神様を
こうも言います;


『大意失荊州、驕傲失街亭』
(不注意が荊州をなくし、傲りが街亭をなくす)


意味は、油断大敵。
(荊州を失ったのは関羽。
街亭を失ったのは馬謖。)



最後は呉の軍師・周瑜様にしめてもらいますか♪



『周郎妙計安天下、賠了夫人又折兵』
(天下を手にせんとした周瑜の妙計
夫人をやって兵までなくす)


意味は、骨折り損のくたびれ儲け。

これは周瑜が孫権の妹を
劉備に嫁がせると言っておびき寄せ、
暗殺しようとして失敗した事からきています。



…周瑜ファンの方、ごめんね。(^^;)
全く最後にふさわしくない内容です;


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posted by アオ at 20:12 | 大阪 ☀ | Comment(4) | TrackBack(0) | 歴史ネタ
2006年10月07日

三国志の面白ことわざ〜。2

さて、昨日に引き続き
三国志の武将に関することわざを
紹介したいと思います♪(^ー^)



今日のトップバッターは張飛!


『張飛的髭子』
(張飛の髭)


意味は顔いっぱい。


…どういう時に使うのかが分かりません!!

誰か教えて下さい。(笑)


お次ぎに昨日の記事で散々
こき下ろされた関羽。
名誉挽回は今だ!!


『関雲長不殺張文遠』
(関羽は張遼を殺さない)


意味は昔の恩義を忘れない。

まぁ、関羽も張遼に助けられてるもんね
分かる気もするが
華容道で曹操を討てていれば…。
なんて私は思うんだけど。
(^^;)



次に昨日の記事では誉めることわざを
紹介した孔明。



『借東風殺曹操』
(東風を借りて曹操を倒す)


意味は、他人を使って人をやっつける。


本には周瑜を使ってとは書かず
風を使ってと書いてます。

どっちかいうと周瑜を使っての意味あいが強い気がするんだけど;



その赤壁での軍師様、周瑜については…。


『周瑜打黄蓋』
(周瑜が黄蓋を打つ)


意味は、お互いに願っている。



…S○??(爆)



う〜ん、そうか〜。
周瑜は黄蓋みたいな老将をいたぶるのが好きで
黄蓋も美周郎にいたぶられるのが趣味なのか〜。

(この際、「苦肉の策」等という策は無視。(笑))



最後は
無双のプレイヤーキャラにもなっていない廖化
(蜀の武将です)



『廖化当先鋒』
(廖化が先鋒をつとめる)


意味は、人材不足。(=_=;)

これは五虎将がいた頃には優れた武将がいたが
今では廖化が先鋒をつとめるようになり
昔はよかった的な使われ方をするようです。


確かに、趙雲が亡くなってからの
蜀の人材は酷いですからね;
孔明だけで戦が出来る訳ではないし。


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近い内に故事についても
やりたいと思います♪
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※因に3巻の孔明の隣にいるのは周瑜です♪
武将達のイラストが可愛い☆
posted by アオ at 19:59 | 大阪 ☀ | Comment(3) | TrackBack(1) | 歴史ネタ
2006年10月06日

三国志の面白ことわざ〜。

今日は趣向を変えて
三国志にまつわることわざを紹介したいと思います♪


本家中国で使われていることわざは、
武将にピッタリ合ったものや
ちょっと意外なことわざ等…。




武将達の素顔を余す事なく伝えていきましょう!(^ー^)




『陰険毒辣莫過于曹操』

漢字なので何となく意味は伝わるかもしれませんが(^^;)
意味は、


陰険で悪辣な者といえば曹操の上をいく者はいない
という意味。(笑)



でも私の中で曹操は
そんなに悪辣ってイメージはないんですけどね〜。


無双の曹操が
『小憎らしいやつ!』って言うじゃないですか。


あの台詞がやけに可愛く聞こえるんです。
たぶん私だけだと思うんですが。(^^;)




お次ぎに孔明に関することわざ。


『聡莫過于諸葛亮』


意味は、
諸葛亮より賢い人はいない。




ふふふ、当たり前だっての!!(^3^)


他には

『孔明七擒孟獲』
心から心服させるの意味)


『三顧茅盧』
こっちに中々来てくれないという意味)




蜀つながりで関羽に関することわざは
ちょっと酷い。(笑)


『只講過五関、不講走麦城』
功績だけ話して失敗は話さないという意味)


確かに無双でも「関羽千里行」のステージもあるくらいだし
関羽の一番の活躍(?)所って気もするけど;



『喫曹操的飯、于劉備的活』


これは、曹操の飯を食べて劉備の仕事をする
ということで、意味は「二心を持つ事」。



酷い言われようですね;



その関羽の兄者、劉備はというと…。
もっと酷い。(笑)


『劉備的江山』
劉備の天下は人の同情を買って成功する


『劉備借荊州』
借りたまま返さない



人徳の劉備も形無しです。(=_=;)
借りパクされた時には一言いってやって下さい。(笑)



他の武将にまつわることわざもあるので
また記事にしたいと思います♪


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posted by アオ at 20:04 | 大阪 ☁ | Comment(6) | TrackBack(0) | 歴史ネタ
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